「幸せにならなくたっていいんだよ」
ひすいこたろうさんの本の題名で、この言葉を知った方も多いと思います。
私は今、「幸せにならなくていい」を、
「幸せにしようとしなくていい」「幸せになろうとしなくていい」と捉えています。
今そう言う私ですが
私はずっと「こうなれば幸せ」になる。
そう思って生きてきました。
ですが、「こうなれば幸せ」と決めていた幸せを追うのをやめて、
思うようにならないことを、思うようにするのをやめたことで
もうすでにそこにある幸せに気づくことができました。
この記事では、
・「幸せにならなきゃ」がどこから来て、なぜ目指すほど苦しくなるのか?
・なぜ私は、得たかった幸せを手放したことで、大きな幸せに気づけたのか?
そんなお話と、
幸せを生きるために今日からできることを1つお伝えします。

「幸せにならなくていい」は「幸せにしようとしなくていい」。私はそう捉えている
今の私にとって「幸せにならなくていい」は、
「幸せにしようとしなくていい」「幸せになろうとしなくていい」。
そう捉えています。
「幸せ」に翻弄されていた頃の私は
『思うようにならないこと=不幸、苦しみ。』と思い込み
私は「不幸だ!」「悲しい!」「苦しい!」と叫んでいました。
でも、思うようにならないことの向こう側にあったのは、
いつも「こうなれば幸せ」という【条件】でした。
この条件はいわば、私が作った【妄想の幸せ論】
そう。
私にとっての「こうなれば幸せ」は、全てが思い通りになること。
これでした。
でも、この【幸せの条件】を叶えようとするのをやめて、顔を上げ周りを見渡した時、気づいてしまったんです。
私は既に愛されているし、恵まれているし、目の前には
こんなにたくさんの幸せが溢れているんだということに。
「幸せを目指す」のと「幸せにならなくていい」は、ここが違う
「幸せを目指す」のと「幸せにならなくていい」の違いを
言葉で並べると、こうなります。
| 幸せを目指して生きる | 幸せにならなくていい | |
|---|---|---|
| 見ているもの | 思うようにならないこと | 目の前にあるもの |
| 前提 | 幸せは得るもの | 幸せは、もうある |
| 幸せの正体 | 「こうなれば幸せ」という、自分で作った妄想(条件) | すでに持っているもの、すでにあるもの |
| 湧いてくるもの | 不安と焦り。自分を責める声 | 観察・安心 |
| 選び方 | ゴールに着くまで我慢する | 瞬間瞬間、自分で選ぶ |

「幸せにならなきゃ」は、どこから来たのか
私自身どこかでずっと「幸せになりたい」と思って生きてきました。
そんな以前の私と同じように「幸せになりたい」と思っている人は
結構多くいるんじゃないかな~って思っています。
よく結婚するとき
「幸せにするよ」とか「一緒に幸せになろう」とか「幸せになります!」とか言うじゃないですか。
でもあれも、よくよく見れば
「今、幸せじゃない」が前提にある言葉ですよね。
何が「幸せ」なのかなんて、実は殆どの人がわかってないんじゃないでしょうか?
そして、なんとなく思い描くその「幸せ」って、本当に自分の願いなのでしょうか。
子どもの頃から、
「いい学校に行けば幸せになれるよ」「ちゃんとした仕事に就けば幸せになれるよ」「結婚すれば幸せ」と聞いてきました。
こういった言葉の前提にあるのも「今幸せじゃない」「今のままじゃ幸せじゃない」があるんですよね。
先の言葉、
親は、愛情でそう言ってくれたのだと思います。
でもその結果、「幸せは手の内にないもの」、「幸せは取りに行くもの」、「幸せ=ゴール」、「不幸=ダメ」という考え方が、いつの間にか私たちに定着してしまったのではないでしょうか?
そんな事言うのは。
親だけじゃないですしね。
教師も、近所の人も、CMでも、ニュースでも、歌詞でも、映画でも、ドラマでも、、、
言ってますもんね。
こうやって言われ続けたらそりゃ、
「今も未来も、まだ幸せじゃない」が、無意識に刷り込まれていくなんて至極当然のこと。
紆余曲折を経て私は今
幸せって、取りに行くものでも、追いかけるものでもなくて、
もっと身近にあるもの。
今は、そう思っています。

幸せを目指すほど、不安と焦りが増える仕組み

「幸せにならなきゃ」と思うと、「持ってない」「まだ足りない」「もっと良くしなきゃ」が延々と続きます。
なぜかって?
ここまででも伝えてきたように
「幸せはならなきゃいけないもの」という思い込み、前提が刷り込まれているからです。
片思いの彼と相思相愛になって「幸せ」になっても、
目標を達成して「幸せ」になっても、
すぐ「不幸」という思いに翻弄されるのは、その前提を手放さないから。
この前提がある限り、どれだけ頑張っても「もっと幸せにならなきゃ」と、終わりのないマラソンを走り続けるようなもの。
そりゃ心もすり減って、当たりまえです。
SNSで誰かの成功を見て、「いいなぁ、私はまだここまでいけていない」と感じる。
友達の海外旅行、知人の結婚、同級生の起業。
「あの人も、この人も、笑ってる」。
さらに日常に起こる「体調不良」「伝わらない思い」「思わぬネガティブな出来事」
その度に、
「私は不幸だ」
「私はついてない」
「私は、足らない」
「私ばっかり、、、」
「やっぱり私はダメなんだ」
と、無意識が勝手に感じ取る。
こうして、
幸せが続かない。
生きづらさが続く。
人生が好転しない。
を繰り返しちゃうんじゃないかなって思います。
以前私は、絶望の底の底の底にいたことがあります。
この時
「あなたは幸せの中にいる」と言われても私は
まったくそうは思えませんでした。
正直「はぁ?!」です。
「私の立場になっても、言えるんかっ!」って言い返したいくらいでした。
でも「幸せになるの、もうやめよう」と思ってみたとき、ちょっと力が抜けたんですよね。
「あぁ、もういいかぁ」って。
そこでようやっと肩の力が抜けて、
ホッとしている私がいたんです。
どのぐらいぶりに、力が抜けたんだろうってくらいに
力が抜けて、自分が解放されるのを感じました。
そうして、ようやっと自分が「幸せの中にいる」って気づけていったんです。
手を離したら、何が起きたか
先に話したように
絶望を感じていた時期の私は
過去を振り返っては罪悪感だらけ。
もう、元には戻せない。
巻き戻してやり直すこともできない。
失ったものは大きい。
取り返しがつかない。
希望の光も見えない。
明るい未来なんて1ミリも想像できない。
もう、二度と立ち上がることはできないんじゃないか。
そう感じていました。
でもそんなある日、疲れ果てて、
「もう無理」と、
もう誰に嫌われてもいい。
誤解されてもいい。
恨まれたっていい。
と幸せである条件から手を離したんです。
そのうえで
私が笑える毎日を作りたい。
それだけを決めました。
そこから、
- 息が吸えるようになりました
- 幸せを感じる時間が増えました
- 不幸感に振り回され続けることがなくなりました
- 他人の言葉に、翻弄され続けることがなくなりました
そして頑張って「幸せにならなきゃ」と目指さなくても
「幸せ」に気づくことが多くなり
幸せを生きられるようになりました。
そして自然と楽しいことも増えていきました。
不思議ですが、本当です。
じゃあ、何を基準に生きればいいのか
「幸せになるため」という基準で動いてきたなら、それをやめたあと、何を基準にすればいいと思いますか?
答えはシンプルで、「自分の感情」。
私たちは長いあいだ、幸せの基準を他人や社会に預けてきました。
「いい大学」「結婚」「成功」。
どれも外側の基準です。
それを「自分がどんな感情でいたいか?」に切り替えると、
人生の見え方が変わり始めます。
とはいえ、すぐにできるわけではありません。
他人の言葉にイラッとします。
他人の行動に心配や不安が募ります。
自分の感情や体調不良にも、心が揺れます。
こんな、感情の揺れが起こるのは普通だし、あたりまえです。
でも、私たちはこれを「ダメなこと」と捉えてしまっているから、こじらせます。
でも、人間なんです。私たち。
標準装備の機能が作動しているだけです。
慌てなくていいんです。
こんなとき大事なのは、まずそんな自分を否定しないこと。
「私、今こんなこと考えてるんだね」
「そうやって人の目を気にして生きてきたんだね」
「痛いよね。辛いよね。」
ただ、受け止めるだけでいいんです。
他人の目を気にすることで、傷つかないように自分を守ってきた。それ自体は、悪いことではないからです。
自分を基準にする、その中身は別の記事に書きました。
→ 自分軸とは?他人軸で疲れきっていた私が、感情からたどり着いた見つけ方
よくある誤解
「幸せにならなくていい」は、諦めではありません。
「そう思ったら、頑張る気力もなくなるのでは」と思うかもしれません。
ですがこれは逆です。
「幸せにならなきゃ」と思っていると、ゴールが遠すぎて疲れます。
「別に幸せにならなくてもいいや」と思えたとき、心にゆとりが生まれます。
心にゆとりが生まれるから、視野が広がります。
すると見えていなかったものが見えるようになります。
そうなってくると、見えるものが変わり始めます。
「自分は幸せになる資格がない」と思って来た方へ。
それは「幸せにならなくていい」とは、別の話です。
幸せであるために、資格はいりません。
だれもが幸せだし、幸せであっていい。
それが、この世界のように私は感じています。
今日からできること
何を選んでも苦しいなら、選ばなくていい。
幸せになるか、ならないか。それも、いま決めなくていい。
代わりに、1つだけ。
思うようにならないことを、思うようにするのを、一旦やめてみてください。
そして、周りを見る。
周りを見る、といっても、何を見たらいいか分かりづらいかもしれません。
まずは
何を持っているのか。
誰が周りにいるのか。
毎日、何を与えられているのか。
すでに持っているもの。
すでにあるもの。
それを、改めて見てみる。
「感謝しなさい」とは言いません。
ただ「持ってるんだ」「あるんだ」と思って、見てみる。
たとえば、食事のとき。
目の前にご飯がある。
おかずがある。
お茶がある。
お箸がある。
お皿がある。
テーブルがある。
床があって、壁があって、屋根がある。
そうやって、見えるものを広げていく。
そして少し一呼吸をおいてから
「この全てがなくなったら?」
と少しイメージしてみる。
そこからで良いんです。

※この時、そう見たところで「幸せだとは思えない」となってもよいです。「そう思うんだ」とただ、受け止めてあげてください。
最後に
私は、
「幸せにならなくていい。」
「幸せにしようとしなくていい。」
と手を離し、そして思うようにならないことを、思うようにするのをやめたら、たくさんの幸せがあることに気がつきました。
あなたもまた幸せにならなくていいし、幸せにしようとしなくていいと思います。
そして幸せになってもいいし、幸せでい続けてもいいとも思います。
幸せでいるか、不幸せでいるか。
私たちは瞬間瞬間選ぶことができます。
どちらを選ぶかは自分で決めることができます。
よくある質問
Q. ひすいこたろうさんの本と、何が違いますか?
本の解説ではありません。
この記事は、私が実際に手を離したときに何が起きたか、そのあと何を見るようにしたか、という私の実感だけで書いています。
Q. 「幸せにならなくていい」って、諦めることと同じですか?
違います。
「幸せにならなきゃ」というゴールが遠すぎて疲れていたのをやめる、という話です。
やめたあとのほうが、今やりたいことに素直になれました。
Q. 「幸せになりたい」と思うのは、ダメなことですか?
ダメではありません。
自然なことです。
ただ、「こうなれば幸せ」の中身が「全てが思い通りになること」になっていないか、一度見てみてください。
私はそこに縛られていました。
Q. 不安や、人の目を気にする気持ちが湧いてきたら?
湧いてきて普通です。
打ち消さなくていい。
「私、今こんなこと考えてるんだね」と受け止めて、そのあと目の前にあるものを1つ見てみる。それだけで大丈夫です。
Q. 「幸せの中にいる」と言われても、そうは思えません。
私もそうでした。
「はぁ?!」「私の立場になっても、言えるんかっ!」と言い返したいくらいでした。
思えなくて普通です。
「幸せになるの、もうやめよう」と思ってみたとき、少し力が抜けた。私はそこからでした。
Q. 「幸せにならなくていい」と思っても、やっぱり苦しいです。
何を選んでも苦しいなら、いま選ばなくていいと思っています。
代わりに、思うようにならないことを、思うようにするのを一旦やめて、目の前にあるものを1つ見てみる。
そこからで良いんです。
今日の問い
書き込める形で書いておきますね。
正解はないし、答えが出ない日はそのままでいい。
問1:あなたの「こうなれば幸せ」は、何ですか?
(記入例:全てが思い通りになること)
問2:いま、目の前にあるものを3つ。
(記入例:お茶がある。お箸がある。屋根がある)
問3:問2がなくなるとどうなりそうですか?
(記入例:おちゃがなくなっても、水があるか。手で食べなきゃな。熱いものの時ちょっとこまるかも。屋根がないと雨・風が強い時、落ち着いて食事できないな)
問4:今日は、どの感情を選んで過ごしますか?
(記入例:今日は、笑っていたい)
今あるものを見るといっても、ピンとこない方も多いと思います。
今いる段階によって、感じ方も違うので。
私自身、今書いたようなことを悩みの渦中にいる時に、何回も見聞きしていました。
でも、腑に落ちるまではずいぶん時間がかかりました。
自分1人でワークに取り組むより、人に話すことで見えてくる場合もあります。
ひとりで腑に落とすには時間がかかったので、
誰かと一緒に「こうなれば幸せ」の中身を見る時間があれば、と思って
体験セッション(90分・2,980円)を置いています。
※料金と時間は、体験セッションの案内ページが最新です。
なのでもし、
「私の場合はどうなんだろう」と私と話したくなった方は、
右下の「はじめての方へ」か、体験セッションの案内からどうぞ☺️

