自分の価値観がわからないという方、結構おられると感じています。
ワークや書籍を通して見つけた価値観を意識して生きてみても、人に伝わらない、現実が変わらない。
なんだか息苦しい。
そう感じている方も少なくないのではないでしょうか。
それはあなたが見つけた価値観が間違っていたわけではなく、いついかなるどんな場面でも価値観は変わらぬものだと思っているからかもしれません。
自分の価値観がわからないは間違いではなく入り口。
そこから見るのは価値観ではなく、今湧いている感情の方です。
この記事では、私が「価値観」を見失ったときに気づいたことと、
価値観を「重さ」で見る、今日からできる1つのことを書きます。
私は、私の価値観をわかっているつもりでした
私は、自分の価値観をわかっているつもりでした。
疑ったことが、なかったんです。
今振り返ると、価値観=幸せの判断軸、と無意識に思い込んでいたんだと思います。
そこから外れないように生きてきたし、周りにもそうであることを求めていました。
でも、その前提が崩れたとき、初めて「価値観を見失う」という経験をしました。
そこから、いろんな状況・環境・人間関係の中で、
本当に大事にしている価値観は、ごく限られたものだけなんだと気づいていったんです。
しかもそれさえ、時と場合によって、価値観の重さが自然に変わる。
価値観って、決めて固定するものではないんだ、と知りました。
そして、自分の価値観は、表現するし伝えもするけれど、人に押しつけるものではない。
そう考えるようになりました。
価値観は、決めて固定するものじゃなかった
言葉で並べると、こうなります。
| 決めて固定する価値観 | 重さが変わる価値観 | |
|---|---|---|
| 見つけ方 | ワークや本で「これ」と決める | 場面の中で、気づく |
| 数 | 多い。リストになる | ごく限られている |
| 重さ | いつでも10点 | 今日は6点、明日は9点 |
| 人に対して | 押し通す。伝わらないと苦しい | 表現はする。押しつけない |
| ブレたとき | 「私はダメだ」 | 「今日はこっちが上に来ただけ」 |

小さな場面で見ていきましょう。
「時間を守る」が大事な人がいるとします。
友人が、毎回10分遅れてくる。
イラッとする。
でも、相手が体調を崩した日に、遅れながらも来てくれたとき、
時間より「来てくれた」のほうが大事だった。
同じ「時間」に対する価値観なのに、重さが変わった。
次に「正直でいる」が大事な人がいるとします。
でも、落ち込んでいる相手に正直な意見を言うと、伝わらないどころか傷つける。
その日は「今は言わない」を選ぶ。
正直をやめたのではなく、その場面では別のものが上に来た。
こういうことが、毎日、小さく起きています。
それを「ブレた」と呼ぶか、「重さが変わった」と見るか。
それだけの違いです。
常識も、時代で変わる
自分の価値観を意識しはじめると、次にぶつかるのが「常識の壁」です。
「こんな考え方を持っていていいのだろうか?」
「周りと違うことを言うと、変に思われるかも……」
こうした迷いが生まれるのは、社会が共有する「常識」に、無意識のうちに縛られているから。
でも、常識とは、時代や文化によって変わるものです。
かつては「安定した企業に就職すること」が良しとされていました。
今は「個人で自由に働く」ことも、選択肢として認められるようになっています。
同じように、今の常識が10年後も当たり前とは限らない。
だからこそ、常識の壁にぶつかったときは、
「本当にこれは、自分にとって大切なものか?」と、問い直してみる。
自分が納得できるなら、他人の基準に合わせる必要はない。
違和感を感じるなら、それは自分の価値観を知る手がかりになります。
「他者は鏡」。嫌だと感じる相手が、自分の大事なものを映している
SNSを見ていると、「こんな人とは関わるな」といった投稿を目にすることがあります。
それを見て、「この人は嫌だな」「こういう人にはなりたくない」と思うこともあると思います。
ここで少し、立ち止まってみる。
「なぜそれが嫌だと感じるのか?」
他者に対する嫌悪感や違和感は、自分の中にある価値観と、深く結びついていることが多いからです。
「自分勝手な人が嫌い」と思うなら、あなたにとって「周りを大切にすること」が重要なのかもしれない。
「意見を押しつける人が苦手」なら、「自由な考えを尊重すること」が大切なのかもしれない。
こんなふうに「他者は鏡」と考えると、自分が何を大事にしているのかが、浮かび上がってきます。
大切なのは、その気づきを「正解」にしようとしないこと。
ただ「ああ、自分はこういうものを持っているんだな」と、観察するだけでいい。
よくある誤解
「価値観がブレる私は、ダメ」ではありません。
「私は自由を大切にしたい」と思っていても、ある日「でも、ルールを重んじていたい」と思うことがある。
そのとき、「私はブレている」と思う必要は、全くありません。
場面や相手によって、重さが変わっただけ。
それはむしろ、自分をより深く知る途中です。
価値観とは、決めるものではなく、問い続けるもの。
正解を探さないことで、日々の違和感や気づきを、素直に受け取れるようになります。
「自分の存在価値がわからない」と思って来た方へ。
それは「自分の価値観がわからない」とは、別の話です。
存在する価値に、条件はいらない。私はそう思っています。
その話は、こちらの記事に書きました。
→ 幸せにならなくていい。手を離したら、幸せはもうそこにあった
今日からできること
誰かに対して、何かの事象に対して「嫌だな」「苦手だな」と感じたとき。
その人を責めるだけじゃなく、その事象に嘆くだけじゃなく
少し、こう見てみる。
「私は、何を大事にしているから、嫌だと感じたんだろう」
答えは「時間」かもしれないし、「正直さ」かもしれない。
それが見えたら、もう1つ。
「今日のこの場面で、それはどれくらい大事?」
10点満点で、何点か。数字にしてみてください。
いつも10点だと思っていたものが、今日は6点かもしれない。
押し通さなくていい。相手に伝えなくてもいい。
ただ、自分が今日、何を、何点で持っているかを、見るだけ。

最後に、いちばん言いたいこと
私は、わかっているつもりの価値観が崩れて、初めて自分の価値観を見失いました。
そこから、本当に大事な価値観はごく限られていて、しかもその重さは時と場合で変わる、と知りました。
自分の価値観がわからない。
あなたにとっても、それは入り口だと思います。
価値観は、探して決めて、押し通すものではない。
だから今日は、価値観を探すのではなく、いま湧いている感情のほうを見てみてください。
いま湧いている感情から、「どうありたいか」までたどる順番は、こちらに書きました。
→ 自分軸とは?他人軸で疲れきっていた私が、感情からたどり着いた見つけ方
よくある質問
Q. 自分の価値観がわからないのは、ダメなことですか?
ダメではありません。私は入り口だと思っています。
私自身、わかっているつもりの価値観が崩れて、そこから本当に大事なものが見えてきました。
Q. ワークや本で見つけた価値観は、間違っていたのでしょうか?
間違いではありません。
ただ、それを「いつでも10点」で固定して、押し通そうとすると、人に伝わらず、現実も変わりません。
重さは場面で変わるものです。
Q. 価値観がブレます。決められないのは、意志が弱いからですか?
違います。
今日はこっちが上に来た、というだけ。
価値観は決めるものではなく、問い続けるものです。
Q. 自分の価値観を、人にわかってもらえません。
表現はしていい。伝えてもいい。
でも、押しつけるものではありません。
伝わらないのは、あなたが間違っているからではなく、相手にも相手の価値観と重さがあるからです。
今日の問い
正解はないし、答えが出ない日はそのままでいい。
問1:今日、「嫌だな」「苦手だな」と感じた相手や場面は?
(記入例:約束の時間に遅れてきた友人)
問2:それは、私の何を映していた?※価値観の種
(記入例:時間を守ること)
問3:今日のこの場面で、その価値観の種は10点満点で何点?
(記入例:6点。来てくれたことのほうが上だった)
固定概念に縛られているときは、自分ではなかなか気づくことができません。
中にいる人には、見えないからです。
だから、人と話す場が要る。
私はそう思っています。
「私の場合はどうなんだろう」と、私と話したくなった方は、
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